コラム「ここを開けないでください」

コラム1. 弦を緩める大切さ

ネット上ではアコギの弦を「緩める派」と「緩めない派」が居ますが、貴方はどちらを信じますか。

私は緩めて管理することを お勧めします 。

アコギを末永く愛用するために、使い終わったら弦を緩めてください。
「緩めないままでもいい」と言っている方も居ますが、緩めずに使い続けていくと アコギのネックが弦に引っ張られる力によって 少しずつ反っていきます。 同時にボディーのTOP板も 盛り上がるように変形してしまいます。

このことでプレイヤーにはどんな影響が出てくるかをご説明します。
ネックが反ってしまうと 弦高(フレット棒から弦までの距離)が広がるために 弦が固いと感じますし、それまで以上に握力を必要とするために 弾きづらくなります。
併せて、弦とサウンドホールの距離も開くので 弦から出た音がボディー内に入っていく割合が減るために音質と音量が低下する現象が起きます。

ネックの変形は ある程度までなら内蔵されているトラスロットで調整できますが、調整の限界を超えて変形が進めば お手上げに成ってしまいます。
TOP板について 変形を元に戻すためには、プロのリペアショップに依頼して「圧縮」と言う修理をする以外に方法はありません。 しかし、この修理方法で出荷時の状態にまで完全に修理することは不可能です。 つまり、一度変形してしまえば、直すことは出来なくなるのです。

では、どれほどの割合で、どのくらいの期間で そこまで変形するのか・・・
これは誰も実験ができないために統計がなく解らないままです。 ですが、私の感覚的にと言いましょうか、多くのギターと接して多くの変形してしまった個体を見てきた経験をもとに思うところですが・・・
一般的な大きさのモデル(ドレッドノートやフォークタイプ)に仮にライトゲージ(各アコギメーカーが出荷時に張っている標準弦に当たります)を使用したとすれば、弦を緩めずに置けば ほとんどのギターは1年以内には変形し出したことが確認できるでしょう。 但し この初期の変形が僅かであるために気付かずにいる人が ほとんどだと思います。 その後 数年すれば「最近 少し弦が固く感じて弾きづらいんだけど?」と感覚的にわかってくるはずです。 この頃にはネックの変形は かなり進み 素人でも解るほどに反ってきて、変形前の弾き易さに戻すためには それなりに高い技術を持つ方に調整して貰わなくてなりません。 10~15年もすれば調整も不可能な程に変形していく個体は相当な数になり、30年後には まず1本もまともに弾ける個体など無くなっているはずです。

弦を緩めずにいれば、常に大きな力がアコギのネックとボディーに掛かっている状態です。 それが1年であれば365日24時間、ずっとアコギはそのテンションに耐えていなくてはならないのです。
ネックは木だから初めこそ大丈夫でも経年劣化で強度が劣っていき少しずつ曲がっていくし、ボディーも同様にTOPの板が膨らんで変形していきます。

「毎日弾く人は緩めなくてもいいです」と書かれた自論を時々見かけますが、続きを読むと「でも、しばらく弾かない場合は緩めてあげましょう」とも書いてあります。
矛盾しているように感じませんか?
毎日弾く人にも毎日緩めてあげてほしいです。 例えば朝と夜に使用したいなら、朝にチューニングして 夜に(今日はもう弾かないタイミングで)緩めてあげる。 ネックやボディーが受けたストレスを夜のうちにケアしてあげてる事が必要なのです。

きちんと緩めている人なら解る話ですが、朝にチューニングして弾いてから、夜にも弾こうとすると若干チューニングが狂っていると思います。 現象的には音程が下がっている。 そこでもう一度チューニングしてし直して弾いてみると 朝よりも弦が固いと感じた経験をされているはずです。
これは、朝から夜の間に弦が延びるからだと思っているかも知れませんが、それだけではありません。
それだけならチューニングが狂うだけで 弦を固いと感じることは起きません。
では、どうして その様な現象が起きるのでしょうか。
実は、ネックが弦の引っ張られる力によって(朝から夜まで時間を掛けて) 僅かに反っていくのです。 だからこそ、音程も下がるし、調弦し直すと弦が固く感じるのです。

僅かに反ってしまったネックを元に戻すために、使い終えたら弦を緩めてテンションを下げて「アコギのケアをしてあげてほしい」のです。
緩めてあげることで、翌朝までの間に木製であるネックは元の形に戻ろうとします、更にトラスロッドの作用も効いて復元していく、つまり僅かに反っていたネックの反りが直ってくれるのです。
弦を緩めないままなら、そのケアができません。

新品を購入してから緩めないまま使用していくと、初期のうちは ネックの反りも どこかでバランスを取って それ以上の変形はせずに頑張ってくれるでしょう。 それでも、そのまま1年 2年 3年 と使っていくうちに 少しずつ反りは進行していきます。 そして進行したネックを元通りにするためにはトラスロッドを より締めこんで調整しなくてはならないのです。 それを繰り返して使おうと思ってもトラスロッドには行き止まりがあり、それ以上の調整はできなくなります。
更には、症状が進むほどに トラスロッドで反りを戻せたとしても、ネックにはひずみが残り、指板には 波打ちや ねじれが発生してしまいます。
一度発生した指板の波打ちや ねじれは、リペアショップに依頼して指板を平らに削り直すしか 元通りにする方法はありません。
そうならないために、アコギ自身の復元力を効かせて末永く使い続ける方法が「使い終わったら弦を緩めてあげる」ことなのです。

「今まで緩めずにいたけど大丈夫だから」と思っている方も、今日から 緩めて管理してほしいです。
今現在問題が無い個体であれば、今日から弦を緩めて管理してくれれば この先ずっと長く使っていけます。

弦を緩めたり締めたりすることで、ネック等に負担が掛かると書いている記事を読んだことがあります。 ですが、それは間違いです。
アコギのネックやボディーに、更にはサドルブリッジに 大きな力が加わるのは、「弦を緩めたり締めたりする時」ではなく「強いアタックで弾いた瞬間」です。
弦を思いっきり掻きむしるようにピックで「強く弾く度に」、かなりの力がギターの本体に掛かっています。 それでも(弦が切れる程に強く弾いたとしても)全く壊れない様にアコギは作られているんです。 だから弦を緩めたり締めたりを繰り返すことくらいでネックやボディーがどうこう成るはずもありません。

アコギは木で出来ていて ネックは太い幹のままではなく楽器として細く形成されていています。 又、TOP板は薄くスライスされています。
その木で作られたアコギには、金属製の弦が張られていて、メーカーが出荷時に標準弦として使っているライトゲージ弦を調弦すると、70Kg程度の力が掛かります。 つまりアコギのネックは人間の体重ほどもある力に耐えてくれているのです。
木製のネックだけでは弦の引っ張る力に耐えきれずに曲がってしまうので、補うために金属のトラスロッドと言う棒が入っています。 それでも時間を掛けてジワジワとネックは曲げられてしまうのです。
アコギは木製ですから 経年により「強度が下がる」ことはあっても「次第に丈夫に成っていく」ことは あり得ません。
だからこそ愛器を使い終えたら弦を緩めてあげて、弦のテンションから解放してあげなくてはいけないのです。

アコギは熱と湿気に弱く、特に夏場の高温の車内に置きっぱなしにすると ネックやボディーに大きなダメージを与えてしまうこともあります。 それを防ぐためには高温の車内に置きっぱなしにしないことが一番ですが、弦を緩めておくことで ある程度リスクを下げることができますから、必ず緩める様にしてください。
四季があり、年間を通じて気温や湿度が変化する日本だからこそ、弦を緩めておいて それらのリスクから回避する必要があるのです。
部屋の室温や湿度もアコギの管理には影響しますが、一年中アコギのためにエアコンを入れてあげていては電気代が掛かってしまうために現実的な対策にはなりません。
それでも、弦を緩めてあげることで ネックやボディーの変形は抑えることができますから、日頃から緩めて管理してあげてください。
それが、私たちがアコギにしてあげられる(変形のリスクを無くす)有効な対策になるのです。

「弦を緩めずにいて」トラブルが起きるリスクはありますが、「弦を緩めていて」トラブルが起きるリスクは まったくありません。
その根拠は、当教室で 2004年の開講以来 これまでの15年間で180名の生徒さんに お教えしてきて その全員が私の指導の通りに愛器の弦を緩めて管理してきて、これまで ただの1本もトラブったことがないからです。

アコギを大切に使っていきたい貴方へ おせっかいながら お願いします。
どうか面倒くさがらずに、「弦は きちんと緩めて管理してください」。
そうやって使っていけば、ずっと長く使えますから。 本当に本当です。

「弦の上手な緩め方」についても、そのうち こちらのコラムに書く予定でおります。
これで終わります。
※弦の緩め方について、「新しいコラム(2021.02.24)」を書きました。
よかったら読んでください。

ギター講師 : 須藤孝弘  2019.02.09